かなりスピリチュアル系に寄った話にはなるのだが、、
日本の各地には神社等の聖地を「北斗七星」の形に結び付けて、ある種の「結界」を形成している例が、いくつもあるらしい。
それを全国各地に施したのは、ほかならぬ陰陽師たちだったとも。
一方、、
白山信仰のお膝元である加賀には「白山七社」なるものが古くから存在した。
白山本宮・金剱宮・三宮・岩本宮・中宮・佐羅宮・別宮、、、
加賀の白山信仰において有力な、この七つの神社を特別にそう呼んだというのだが、
それは何か意味のあることなのだろうか?
しかも「本宮四社」と「中宮三社」に分けられているのだが、
なぜわざわざそのように分ける?どういった意味が?、、、
といった疑問が以前からワタシにはあった。
北斗七星型の結界の話を知ったとき、まさかと思いつつも「本宮四社」と「中宮三社」に分けられている意味が、このとき分かったような気がした。
北斗七星は柄杓の形になぞらえられる。

※ネットより拝借しましたm(_ _)m
柄杓の水を汲む部分を「合」、持ち手部分を「柄」といい、北斗七星の「合」の部分は四つ星、「柄」の部分は三つ星である。
また柄杓では無くとも、古くからシソウボシ(四三星)とも呼ばれていたから、誰が見ても北斗七星は四つ星と三つ星の2つの要素からなると認識されていた。
これは欧州でも、北米のネイティヴアメリカンの間でも同様で、洋の東西は問わないようだ。
白山七社が「本宮四社」と「中宮三社」に分けられているのは、まさにその意味、、
つまり北斗七星型にわざわざ配置されていることに意味があったのではなかったか。
論より証拠、、
さっそく白山七社の配置を地図で確認してみる。
白山七社

ご覧になってお分かりいただけると思うが、かなりイビツな北斗七星ではある(笑)
特に柄杓(ひしゃく=北斗七星)の水を汲む四つ星の「合」の部分、、、
白山七社で言えば、
古宮公園(元・白山本宮) - 白山比咩神社(元・三宮) ー 金剣宮 ー 岩本神社(柄杓の先端)
の部分がかなりひしゃげているが、、
まぁこれは山間と谷間の限られた地形での配置なので仕方がない(笑)
しかも他の地域で見つかっている北斗七星の結界もかなりイビツなのである(笑)
ともかく白山七社がイビツでありながら北斗七星の並びを踏襲していること、、、
とくに「本宮四社」がイビツながら柄杓の「合」の形であり、、
さらには「中宮三社」は割と明確に北斗七星の「柄」の形状であることが確認される。
・・と、ここまでが前提。
先日、ブロ友のぴーちゃん(id:gracedusoleil2525)さんから紹介された本が面白そうだったのでAmazonで検索してポチしてみた(笑)👍
綾杉るな著『星の迷宮へのいざない』である。
著者がたまたま出逢ったという『儺の国の星』『儺の国の星拾遺』という2冊の書物。
それは藤原南家の末裔であり、物部氏の末裔でもあり、九州大学で教鞭を取っていた真鍋大覚の著作だった。
真鍋の祖先は大宰府で代々の天文暦官を務め、天子にも面会できる家柄だったとのこと。
真鍋自身も幼少の頃から夜空の星を毎日の教材として、天文・暦の英才教育を受けていたそうである。
その真鍋大覚が著した2つの著書の記述をもとに、『星の迷宮へのいざない』(以下、本書とする)では、いままで人の目に触れることが無かった古代日本の星にまつわる物語が解説されている。
本書を布団に横になりながら読んでいたときに、ふと「白山七社=北斗七星」について気付いた部分があったので、そのことを以下に少し述べてみたい。
真名井星とは妙見信仰・北辰信仰においては北極星のこととされるが、
本書(つまりは真鍋家が受け継いできた伝承)では北斗七星のことだとする。
本書では、さらにアマテラスとスサノオの「誓約(ウケヒ)」の場面に「天の眞名井」が出てくるとし、その場面を引用している。
姉弟神は天安河を挟んで対峙し、まずアマテラスがスサノオの十握剣(とつかのつるぎ)を三つに折って、「天の眞名井」で清めてからそれを噛み砕き、息吹と共に吹き出すと三人の女神、タキリビメ・イチキシマヒメ・タキツヒメが生まれた。
次にスサノオがアマテラスの美須麻流珠(みすまるのたま)を「天の眞名井」で清めて噛み砕き、ふっと吹き出すと五人の男神が生まれた。
このあとの神話における推移は省略するが、ここで私が注目したいのはここで描かれている情景が、白山七社の北斗七星によく合致していることだ。
どういうことか。
ワタシは白山七社が北斗七星であるとの推測を得る以前から、疑問に思っていたことがあった。
それは「なぜ北の先端にある岩本宮が手取川を挟んだ向こうにあるのか」ということ。
つまらないと言えばツマラナイ疑問ではあるのだが、何故かワタシはそのことに居心地の悪い違和感を抱いていた。
私的な経験からすれば、このような直感は正しいことが多い。
それが、今までさんざん古代史や神話の専門書等で読んできたはずの「天の安河でのうけひ」の場面を、本書で改めて読む段になって初めて、直感として先述の違和感と結びついたのである。
そこでアマテラスとスサノオの「ウケヒ」の場面を再確認。
まずスサノオの十握剣、、、
スサノオの剣といえば、どちらかというと後に獲得する天叢雲剣(草薙の剣)が思い浮かぶ。
そしてそれはコシのヤマタノオロチを退治したときにオロチの尾から出て来たものだ。
かなり長くなるので詳説は避けるが、、
拙著『影の王』にて地名や神社、その他の理由を検証しつつ、太古の加賀地方が蛇信仰のメッカであり、細長い加賀平野が北を頭部とする『巨大な蛇体』に見立てられていたであろうことを推測した。
もしそうであればそれこそが「コシ(北陸地方の古称)のヤマタノオロチ」の正体であり、その尾に隠されていた天叢雲剣とは、平野の南部に位置する金剣宮に象徴されているのではないか、とも推測した。
ワタシの中では金剣宮は、「ヤマタノオロチの剣」及びに「スサノオの剣」の象徴として結びついている。
その金剣宮には『天の眞名井』がある。
金剣宮と「天の真名井」

これもワタシは以前からなんとなく違和感を抱いていた。
が、それも本書を読んで見事に結びついた。
本書では先述の如く、北斗七星のことを真名井星と呼んだとする。
そしてその真名井はアマテラスとスサノオのウケヒの場面で重要な役割を担う。
そうなのだ、、、
白山七社のひとつである金剣宮は、「真名井星」と呼ばれた北斗七星の一つでもあり、、
しかも柄杓の水を汲む「合」の「底」の部分を担う。
さらに「天の眞名井」は、金剣宮に象徴される「スサノオの剣」をウケヒにおいて清めるという重要な役割を持っていた。
だから金剣宮に「天の眞名井」があるのは当然なのだ。
ここで「当然」という言葉を使ったが、それは、、
「白山七社が北斗七星になぞらえられて、そのように配置されている」
という前提に立った場合のみに限られることは言うまでも無い。
水を汲む「合」の「底」にある金剣宮には、浄めの水が常に湧き出る眞名井がある、、、
なんという符号だろうか・・・!
このことは逆に、白山七社が北斗七星になぞらえて配置されているということを、ワタシに確信させるには十分な傍証となった。
そして岩本宮、、現・岩本神社である。
「なぜ北の先端にある岩本宮だけが手取川を挟んだ場所にあるのか」
その岩本神社は、古くは岩根宮と呼ばれていた古社である。
平安期の『白山之記』(シラヤマノキ)には、当時の隆盛ぶりが書かれる。
「宝殿・拝殿・講堂・鐘楼・水宮、小社巨多(あまた)なり。但し、奥宮に白鳥と云う尼神なり」(『白山之記』)
白山七社においては岩本宮に祀られるのは「白山第二王子」とされるが、、
(現・岩本神社の祭神は高皇産霊神)
『白山之記』の記述を読む限り、かつてその奥宮に祀られていたのは女神だった、、
ということになる。
そしてそれは「白鳥」だと。
白鳥と言えば太陽信仰の象徴ともなる鳥である。
太陽信仰の象徴である女神、、、、
日本においてワタシが思い付くのはアマテラスしかいない。
その岩本宮、古くは岩根宮と呼ばれた神社は、元々は手取川を見下ろす天狗壁の頂上にあったという。
現在の岩本神社はその観音堂だったという伝承があるという。
さすれば先程の『白山之記』に合った記述「宝殿・拝殿~小社巨多なり」は、その観音堂のことであり、「尼神」が祀られる奥宮こそが天狗壁頂上にあった岩根宮だったものであろうか。
たしかに天狗壁の頂上に鎮座してこそ「岩根宮」の社名にふさわしい気もする。
そしてまたグーグルアースを見てもらえれば瞭然であるが、この天狗壁の上にそびえる岩根宮(アマテラス)は、手取川を挟んで金剣宮(スサノオ)と対峙する、、という位置関係にある。
岩本神社(岩根宮)と天狗壁、金剣宮の位置関係

・・お分かりだろうか、、、
アマテラスとスサノオは、ウケヒの儀礼において「天の安河」を挟んで対峙した。
そして白山七社においても、太陽信仰の女神であるアマテラスを象徴する岩根宮と、スサノオの剣を象徴する金剣宮が、手取川を挟んで対峙しているのである。
そして金剣宮にはご丁寧にも「天の眞名井」まである。
(岩根宮には「天の眞名井」は無いが、先述の『白山之記』の記述に「水宮」とあるのは気にかかるところではある)
そう、、金剣宮と岩本神社(岩根宮)は、まさに「天の安河のウケヒ」を再現するかのように配置されているのである。
そしてそれこそが、岩本宮が手取川の対岸に鎮座する理由なのではないか。
ただ、なぜわざわざアマテラスとスサノオのウケヒを再現するような配置にせねばならなかったのか、、、
その意味は今の私には分からない。
もう少し時間をかけてオツムをヒネれば、そのうちまた何かヒラめくかもしれない(笑)
予断だが、現在の岩本神社から入る山道には縄文中期の遺跡もある。
神社の創建は9世紀だが、かなり古くからの聖地だったと思われ、シラヤマ信仰の縄文起源をさらに補強する傍証となるかもしれない。
なお念のため補足だが、、、
ワタシはこのことで、この場所はアマテラスとスサノオのウケヒの現場だったと言いたいワケでは、もちろんない。
ただこの場所を、「ウケヒの現場を再現した場所」にすることで、何らかの呪術的な効果を狙った可能性は大いにあるのではないかと思っている。
それは白山七社を北斗七星の並びに仕立てたこととも、大きく関係するはずである。
当記事の最初に「北斗七星の形にして結界とするらしい」と述べたが、、
じつはその呪術において最も重要なのが柄杓の先端部分、、、
すなわち金剣宮と岩本宮の場所なのである。
それはどういう結界なのか、、
何(誰)に向けた結界であり、呪術なのか、、、
もちろんだが、今のワタシには分かるはずも無い(笑)
・・・一つ手掛かり的なことが無いわけではないが、、、
イロイロと難しそうな気がする(笑)
まぁまたナニカ分かったことがあったらご報告ということでm(_ _)m
ハナシは変わって、、
白山七社と北斗七星に関して、もう一つ面白いことが見つかったので、ご報告。
佐羅宮、、、現在の佐羅早松神社である。
本題に入る前に余談だが、、
ワタシは佐羅宮の「佐羅」という言葉がすご~く気になっている(笑)
ただ分かってることは何一つないので、この話題については割愛。
さて、中宮三社の真ん中に位置する佐羅宮(佐羅早松神社)、、

北斗七星になぞらえれば、ここはミザールの星ということになる。

※ネットより拝借しましたm(_ _)m
上記の画像にも出てるし、すでにご存じの方も多いとは思うが、
このミザールの横には、見えるか見えないかぐらいの小さな星が寄り添っている。
それがアルコルである。
これで視力の良し悪しを測った、、、なんて経験をされた方も多いに違いない。
中世のアラブ人がこれを視力の検査に用いていたという話しは有名である。
さてここからが本題というか、、
実にくだらない発想で、皆さんもウスウスお気づきだとは思うが(笑)、、
要するに佐羅宮(現・佐羅早松神社)がミザールに相当するのなら、
そのすぐ傍らに「アルコルに相当する小さな社」が在るのではないか、、、
ということなのである。
そして結果はその通り、、アルコルに相当する社はあるのである。
佐羅宮の傍らに、、、
しかも北斗七星におけるミザールとアルコルの位置関係にそのまま相似する場所に!
それが西佐良町の八幡社である。
ミザール(佐羅早松神社)とアルコル(八幡社(西佐良町))

だからどうしたと(笑)言われそうだが、、、
「だからどうした」ついでに(笑)、、
ミザールとアルコルは二重星のように肉眼では見えるが(今のワタシにはそれも見えない.笑)
実はもっと複雑な六重連星なのだという。
アルコル自体が二重星、、、
そして小型望遠鏡ではミザールはミザールAとミザールBの二重星に見え、、
ミザールAとBは、さらにそれぞれが二重星なのだそうだ。
小さな望遠鏡程度で確認できるのはミザールAとBまで、、、、
・・というわけで、それも白山七社のミザール、佐羅宮で確認してみると、、、
しっかりあるではないか(笑)
それが佐羅早松神社の、さらに近接した場所に寄り添っている菊理媛神社。
佐羅早松神社(ミザールA?)と菊理媛神社(ミザールB?)

ここまで一致してると、白山七社=北斗七星説はますます確かなものに思えてくる。
もしそうなら、、
これを作り上げた人たち(陰陽師集団?)の芸の細かさに喝さいを送りたくなる(笑)
ただミザールAとBは先述した通り、小型望遠鏡でもないと見えないもの。
当時の彼らにその知識があったのか、、、
・・・まぁ世界には視力5.0のヒトもいるらしいから、
実際に肉眼で見えた特異能力の持ち主も、その集団にはいたのかもしれない(笑)
それともアフリカのドゴン族のように、宇宙人からの知識?(´∀`*)ウフフ
・・・まぁここまでにしときましょう(笑)




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