古代史は小説より奇なり

林業家kagenogoriが古代の謎を探求する

すべては沖縄から始まった~有史前の日本に何が起こったか(2)「シラ」の謎

 白山はもともと「ハクサン」ではなく、「シラヤマ」といいました。

 「シラ」の山です。

 この「シラ」には、「(雪を頂いて)白い」という意味以上に、日本人の民俗・宗教・文化の根源にかかわる深い意味があるのです。

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 そもそも太古からの日本列島の人々にとって、「白」色とはどのような意味を持っていたのでしょうか。

 前田速夫氏『白の民俗学へ』によれば「白」とは、

  • 清浄なるものの象徴であると同時に、魔と死の象徴であり、
  • それは色であって色ではなく、(まばゆい)「光」そのものである。
  • 人がそれを目にするときは、自分が死ぬとき、あるいは「(死から)再生」するとき

だといいます。(『白の民俗学へ』p269より)

 

白の民俗学へ 白山信仰の謎を追って

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 この「白」色の持つ本質的な意味が、実は「シラ」の本質とも密接に関わっているのです。

 だからこそ太古の人びとは「白」色を、「シロ」「シラ」と呼んだのだと考えられます。

 

 その「シラ」の概念・信仰は、沖縄の島々から対馬暖流に乗って太古に伝わって来た、と前回では述べました。

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 沖縄

 まさに沖縄を含む南西諸島には、古くからの「シラ」という言葉が近代にまで残っていたのです。

 

 沖縄の「シラ」に最初に注目したのが、柳田国男です。

 詳細は省きますが、柳田国男沖縄に残る「シラ」を、「産屋」そして「稲積・稲霊」のことだと考えました。

 「産屋」は昔、妊娠した女性が出産するときに籠もった小屋。

 「稲積」は収穫した稲束を積んで保存したもの、「稲霊(イナダマ)」は稲のモミに宿る穀霊、つまり稲の魂・精霊のようなもので穀物としての稲の成長を促すもの。

 この場合「稲積」は「稲霊」を育むための「産屋」だと考えられます。

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 また柳田「原初のシラヤマ信仰」=「シラの信仰」を残すと考えられる、三河の「花祭」における「シラヤマ」にも注目しました。

 この「シラヤマ」は、祭りの中で「ウマレキヨマリ」の場として機能しているもの。

 これら沖縄と三河の「シラ・シラヤマ」の根底に共通する概念、すなわち「誕生・再生」こそが「シラ」の原義だと、柳田国男は考えたわけです。

 

 柳田が示した「シラ」に対するこの解釈は現在においても概ね受け継がれ、とりわけ「再生」という概念は、日本の古層の文化・信仰儀礼を論じる上での最重要キーワードの一つと考えられています。

 「再生」というのは「死後の再生」です。

 「シラ」=「死後の再生」の”力”は新たな命の「誕生」につながり、さらに蛇や昆虫が「脱皮」するように生きている間の「生命力の更新」にもつながります。

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 太古の人びとは、すべての生き物(人間・動物・植物)には魂(=霊)が宿っており、それが生命力の源にもなっていると考えました。

 その魂(霊)は生き物に宿っている間でも決して不変の状態でいられるわけではなく、たとえ年齢が若くても時がたつにつれて老朽化して弱っていきます。

 

 例えば「稲霊」の場合は、秋の収穫を終えたときがそれ。

 そのまま放っておけば来年の実りはおぼつかないものとなる。

 老朽化し弱ってしまった「稲霊」を、また力強いものに蘇らせなければならない。

 そこで人間の女性が身ごもった時に「産屋」に籠もるのと同じように、次代に引き継がれる魂(稲霊)「再生」(誕生)させなけれればならない。

 「稲積」はそのための「産屋」、すなわち「シラ」だったのです。

 

 このように「再生」の概念は、人間の誕生、さらには作物や狩猟採集物の「豊饒」にも直結するため、非常に古くから信仰儀礼の対象とされてきました。

 人間の場合は誕生の時だけではなく、(蛇や昆虫が何度も「脱皮」するように)何年かに一度定期的に、「魂=霊力=生命力」の更新(すなわち再生)をはかる必要がありました。(その場合、多くは一度儀礼的に「疑似的な死」を通過したあとで「再生」という形をとります。)

 そのように、豊饒や人間の誕生、生命力の更新を可能にするのが「シラ」の不思議な”力”だと考えられたのです。

 

 こうしてみると、「シラ」は「産屋・稲積・稲霊」であり、そのもともとの意味は「誕生・再生」だと最初に書きましたが、それさえも元々の本来の「シラ」から派生したものであり、誕生・再生」も「シラ」の持つ”力”のひとつの側面だと考えた方が良さそうに思えます。

 このような偉大な力を持つ「シラ」とは何なのか。

 何故そのような”力”を持つのか。

 

 中沢新一は、「シラ」とは強力な浄化力人にウマレキヨマリ(=生命力の更新)をもたらすことのできる自然の威力(=マナ)と密接に関わると指摘しました。

 

精霊の王 (講談社学術文庫)

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精霊の王

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 また前出の前田氏なども、「シラ」自然のあらゆる力であり、あらゆる生命に宿り、それを支えている「大自然の大いなる精霊」であるとしています。

 そしてこの「シラ」は「白」に象徴される「まばゆい光」や、あるいは嵐・雪・雨・海などの「大自然の猛威」として顕現することがあるといいます。

 

 このように、どうやら「シラ」というのは「大自然の大いなる力・精霊」だと分かってきました。

 これがなぜ再生・ウマレキヨマリ(生命力の更新)を実現することができるのか。

 

 中沢氏はこれを「シラ」の持つ強力な浄化力だと言っていましたが、実は「シラ」にはその浄化力の根源ともなるある特長的な力がそなわっていたのです。

 

 それは「転換力」です。

 

 「シラ」には空間を「転換」させる力・エネルギーが秘められている。

 この「転換力」こそが、不浄なものの状態を浄める(キヨメル)浄化力のもととなり、また、(「死」の状態から転換して)誕生・再生を実現し、(弱った状態を転換して)生命力の更新を実現するおおもとの力なのです。

 

宮田登日本を語る〈8〉ユートピアとウマレキヨマリ

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 つまり「白」に象徴される「まばゆい光」や大自然の猛威として顕現する大自然の大いなる力・精霊」であり、その特有の力である「転換力」を以てものを浄化(キヨメ)し、誕生・再生さらに生命力の更新を実現し、農作物や狩猟採集物の豊饒をも約束する

 それが「シラ」なのです。

 

 

 ところが、です。

 この重要な力である「転換力」は、たとえ「シラ」といえども「ある場所」でしか発現できません。

 場所というより「場」と言った方がより正確かもしれません。

 その「場」は、 「シラ」と深くかかわる、というより「シラ」の信仰ともいえる「白山(シラヤマ)信仰」の本質とも密接に関連しているものです。

 

 次回は「シラ」の転換力が発現する「場」とは何か、それと密接にかかわる「シラヤマ信仰」の本質とはなにか、について見ていきます。