古代史は小説より奇なり

林業家kagenogoriが古代の謎を探求する

2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(1)日ユ同祖論、秦氏=ユダヤ人説について

「日ユ同祖論」という説(?)があるのは皆さんご存知でしょう。 ユダヤ人(イスラエル人)と日本人双方で、幾人かの論客が主張する日ユ同祖論には、いくつものバージョンがあるようですが、きわめて大雑把な説明をすれば、アジアの東の果ての日本人と西の果…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(9)長江文明と縄文の交易、そして大量移民

長江文明は日本列島の縄文文明に、縄文前期(7300-5500年前)の頃から関わっていました。 問題は、そこに「交易」は存在したのかどうか。 もしそうなら、長江文明において交易を担ったと推測される秦氏の前身となる集団が、その海上交易にも関わっていたのか…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(8) 長江文明と縄文文明

日本独自の文化、精神性を一万年以上もの長きにわたって培ってきたと言われる縄文文明。 しかしその縄文文明でさえも、海外の影響を大いに受けたものであることが分かってきています。 「海外」という言葉が示すように、四方を大海に囲まれた日本列島の文化…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(7) 長江文明と西域

長江文明が西域と関わっていたのかどうか。 長江文明を研究する安田喜憲氏によれば、長江文明の大きな特徴のひとつとして、玉(ぎょく)を愛し、玉にこだわった「玉器文明」であることが挙げられるといいます。 エジプト文明やエーゲ文明・ギリシア文明は黄…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(6) 牛祭りとミトラ信仰

京都太秦にある秦氏の氏寺、広隆寺。 広隆寺といえば「牛祭り」。 京都三奇祭のひとつで、もともとは広隆寺の境内社・大酒神社の祭りでした。 祭りの主役は摩多羅神(マタラジン)。 大きな白い面をつけた摩多羅神が牛の背に乗って現れ、境内を巡行したあと…