すべては沖縄から始まった~有史前の日本列島に何が起こったか(1)シラヤマ信仰
沖縄(琉球)が太古の日本列島の文化にいかに関わっていたのか、というのがこのシリーズを始めるにあたって前回掲げた命題でした。
太古、とかなりあいまいに言いましたが、とりあえずワタシが問題にしたいのは縄文時代。
少なくとも5000年は遡ります。
まずは沖縄とあまり関係なさそうな「白山信仰」の話から始めましょう。
白山信仰。
日本三霊山のひとつ、「加賀の白山」を信仰対象にした山岳信仰だと言われています。
ところで恐らくアナタは、これを「ハクサンシンコウ」と読んだと思います。
白山=ハクサン。
もちろんそれで正しいのですが、このブログでは少し呼び方にしたいと思いマス。
そもそも「白山」を「ハクサン」と訓むようになったのは近世、江戸時代以降のことだといいます。
ではそれ以前はどう呼んでいたのかといいますと、言うまでも無くそれは「シラヤマ」でした。
平安時代の多くの文人・歌人も「越の白山(こしのしらやま)」について触れています。( 「越(こし)」とは北陸地方の古い呼び方)
白山はもともと「シラヤマ」と呼ばれ、白山信仰はもともと「シラヤマ信仰」といいました。
全国の白山神社の総本宮である白山比咩神社も、「シラヤマヒメ」神社です。
テレビの全国放送などでは「ハクサンヒメ」神社と誤って紹介されることがタマにありますが、ワタシの地元加賀地方ではそのように呼ぶ不届き者(笑)は一人もイマセン。
ここ加賀地方では白山比咩神社のことを、親しみを込めて「しらやまさん」と呼んだりします。
さて、このシラヤマ信仰ですがそのルーツはどこにあるのか。
現在の多くの専門家、識者、歴史家のほぼ一致した意見は、朝鮮半島にルーツを求める、というものです。
たしかに朝鮮半島には、白山(シラヤマ)信仰とよく似た要素がチラホラ見受けられるように思います。
そこでの信仰が白山信仰のモトである、よく似ているではないか、と彼ら専門家、識者、歴史家の方々は主張するのです。
もちろんワタシは朝鮮半島との交流や影響があったことは認めますが、そこが(真の)ルーツなのかという点に関してはギモンを感じずにはいられないのです。
もっとも大きな問題は、朝鮮半島では「白」は「ペク」や「ベク」なのに、なぜ日本列島では「シラ」なのか、ということです。
専門家の方々はこの最も単純で最も重大なギモン=問題に、コチラが満足できる答えをなかなか出してはくれません。
問題は「シラ」なのです。
日本では古来「シラギ」と呼びならわしてきましたが、本来は「シㇽラ」です。
発音的には「シラ」に近いものです。
これが専門家や識者の方々の根拠のひとつにもなっているようですが、ワタシに言わせれば朝鮮半島では「白(ペク・ベク)」と「シラ」は全く乖離してしまっています。
朝鮮半島と日本列島は玄界灘や日本海を挟んで、非常に近い地理的関係にあります。
ワタシが注目するのはその間に流れる「対馬暖流」です。
つまり対馬暖流に乗って朝鮮半島と日本列島に、「シラ」の概念なり信仰が伝わったのではないか。
日本列島では「シラ」という”言葉”と”概念”がそのまま受け入れられ、一方、朝鮮半島では「シラ」の概念的なものは一部受け入れられたが、「白」を意味する「ペク・ベク」の言葉はそのまま残ったのではないか、と。
対馬暖流に乗って伝わってきたのなら、その暖流を遡った先に「シラ」の源流があるはずです。
対馬暖流を遡った先。
そこには沖縄本島を含む沖縄諸島、宮古・石垣・西表を含む先島諸島があります。
そこに「シラヤマ」の「シラ」の源流があるのか。
しかし白山は雪を頂く白い山だからこそ「シラヤマ」と呼ばれたのではないか。
そう疑問を抱かれるはずです。
実は「シラ」には「白」という色の意味以上に、とてつもなく深い意味が隠されていたのです。ちょっとオオゲサですが(笑)。
そしてその「シラ」の隠された意味にこそ、沖縄とのつながりが見えてくるのです。
次回は「シラ」の謎について見ていくことにしましょう。
参考文献:
影の王: 縄文文明に遡る白山信仰と古代豪族秦氏・道氏の謎 (MyISBN - デザインエッグ社)
- 作者:泉 雄彦
- 出版社/メーカー: デザインエッグ社
- 発売日: 2018/03/19
- メディア: オンデマンド (ペーパーバック)