古代史は小説より奇なり

林業家kagenogoriが古代の謎を探求する

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(7)接触の可能性 番外編 アルタイ山脈の金とユダヤ人

今回は「接触の可能性Ⅲ 海上ルート」の予定でしたが、急遽変更して(笑)前回の内容に追記する形とさせていただきます。 理由は先日NHKで放送された「中国秘境 謎の民 木馬 氷上を馳せる」を見たから(笑)。 ご覧になった方も多いと思いますが、実はワタシ…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(6)接触の可能性Ⅱ オアシスルート

オアシスルート、すなわち西方からパミール高原を越えてタリム盆地=タクラマカン砂漠の北及びに南を通って中国大陸に至るルートです。 今回はこのルートによるユダヤ人と秦氏(の前身集団)との接触の可能性について探っていきます。 まず西方からパミール…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(5)草原ルート 番外編2 アシュケナージの起源はハザールか

前回はアシュケナージの歴史について確認しました。 ではハザールとは何か。 ハザール族は遊牧民族であることは間違いないのですが、歴史に名を連ねた他の遊牧民族と同様、その起源はよくわかっていません。 恐らくトルコ(テュルク)系だろうということで、…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(4)草原ルート 番外編 アシュケナージとは

まずアシュケナージ(アシュケナジー)とはなにか。 現在ユダヤ人は大きく二つに分けられ、そのうちドイツ・東欧系のユダヤ人の子孫がアシュケナージと呼ばれ、スペイン・中東系の子孫がセファルディーと呼ばれます。 とはいってもそれ以外の地域出身のユダ…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(3)接触の可能性Ⅰ 草原ルート

ユダヤ人がいた中東のオリエント世界から「東」へ向かうルートといえば、真っ先に思い浮かぶのはいわゆるシルクロード、つまり峻厳なパミール高原を越えてタクラマカン砂漠に覆われるタリム盆地に達するルートではないでしょうか。 タリム盆地まで来れば中国…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(2)接触の可能性~ルート

長江文明の末裔だった秦氏(の前身となる集団)と、オリエント世界から「東」に向かった(かもしれない)ユダヤ人の「接点」を探るにあたっての、まずは大前提について述べておかなければなりません。 長江文明で交易を担っていたと考えられる秦氏の前身集団…

秦氏の謎2 秦氏とユダヤ人(1)日ユ同祖論、秦氏=ユダヤ人説について

「日ユ同祖論」という説(?)があるのは皆さんご存知でしょう。 ユダヤ人(イスラエル人)と日本人双方で、幾人かの論客が主張する日ユ同祖論には、いくつものバージョンがあるようですが、きわめて大雑把な説明をすれば、アジアの東の果ての日本人と西の果…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(9)長江文明と縄文の交易、そして大量移民

長江文明は日本列島の縄文文明に、縄文前期(7300-5500年前)の頃から関わっていました。 問題は、そこに「交易」は存在したのかどうか。 もしそうなら、長江文明において交易を担ったと推測される秦氏の前身となる集団が、その海上交易にも関わっていたのか…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(8) 長江文明と縄文文明

日本独自の文化、精神性を一万年以上もの長きにわたって培ってきたと言われる縄文文明。 しかしその縄文文明でさえも、海外の影響を大いに受けたものであることが分かってきています。 「海外」という言葉が示すように、四方を大海に囲まれた日本列島の文化…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(7) 長江文明と西域

長江文明が西域と関わっていたのかどうか。 長江文明を研究する安田喜憲氏によれば、長江文明の大きな特徴のひとつとして、玉(ぎょく)を愛し、玉にこだわった「玉器文明」であることが挙げられるといいます。 エジプト文明やエーゲ文明・ギリシア文明は黄…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(6) 牛祭りとミトラ信仰

京都太秦にある秦氏の氏寺、広隆寺。 広隆寺といえば「牛祭り」。 京都三奇祭のひとつで、もともとは広隆寺の境内社・大酒神社の祭りでした。 祭りの主役は摩多羅神(マタラジン)。 大きな白い面をつけた摩多羅神が牛の背に乗って現れ、境内を巡行したあと…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(5) 秦氏と太陽信仰

大和岩雄氏は『秦氏の研究』のなかで、秦氏と古い太陽信仰のかかわりについて論じています。 詳しく説明するとかなり長く繁雑になるのですが、そのひとつとして京都にいくつかある秦氏の聖地と言われる場所をそれぞれ直線で結ぶと、夏至の日の出線(冬至の日…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか (4) 太陽信仰と長江文明

秦氏は弥生後期~末期にアメノヒボコとして渡来しました。 前回、ヒボコと長江文明(越人)の共通する特徴として、「海洋民(航海民)」「太陽信仰」「須恵器とその前身と言われる印紋硬陶」「優れた砂鉄精錬の技術」「水利土木の技術」の5つを上げました。…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(3)真のルーツ

弥生時代の後期~末期(A.D.1~3世紀)に朝鮮半島の新羅・伽耶から渡来したアメノヒボコ。 そのヒボコは当時の秦氏そのもの、あるいは秦氏集団をいわば擬人化した象徴と考えられられます。 では秦氏のルーツは朝鮮半島なのかというと、実はそうではないと…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(2)アメノヒボコ

アメノヒボコ。 天之日矛、または 天日槍と書きます。 『古事記』『日本書紀』『播磨国風土記』などで、朝鮮半島から渡来してきたと書かれる人物です。 『古事記』では「応神天皇記」で、「その昔、新羅国主の子アメノヒボコが渡来した」ことが述べられ、一…

秦氏の謎 いつ、どこから来たのか(1)

どうも、北陸は金沢で林業を生業としてますkagenogoriです。 「Good Old Music、Fantasticな高校野球」というブログをやってます。 そこでは、主に80's以前の洋楽、邦楽(ジャズ、フュージョン含む)について、大好きな高校野球について、その他日々思ったこ…